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中小企業において、総務担当者は「会社の裏方」として経理、人事、労務、庶務といった多岐にわたる業務を一手に担っています。そのため、担当者が退職した際に「何をどう引き継げばよいかわからない」「業務が止まってしまった」という事態に陥る企業は少なくありません。特に、給与計算や社会保険手続きといった月次・定期業務は、たった一人が全てを把握しているケースも多く、属人化の典型例と言えます。
私の顧問先でも、長年勤めていた総務担当者が突然退職したことで、給与計算が遅延し、入社手続きの届出漏れが発生した事例がありました。経営者は「〇〇さんしかわからない」という状況に頭を抱えており、引き継ぎ資料もほとんど存在しませんでした。結果として、外部の社労士や税理士が緊急対応を行うこととなり、平常運転に戻るまでに数ヶ月を要しました。このようなトラブルを防ぐためには、「仕組み化」と「見える化」が欠かせません。
まず最初に取り組むべきは、業務の棚卸しです。総務担当者が日々行っている業務を「定常業務」「不定期業務」「突発対応」に分類し、一覧化します。例えば、定常業務であれば「毎月の給与計算」「社会保険料の納付」「年末調整」「健康診断手配」など。不定期業務には「入退社手続き」「助成金申請」「就業規則改定」などが該当します。これらを一覧にすることで、担当者本人しか知らない“暗黙知”を形式知に変えることができます。
次に、業務手順書の作成です。棚卸しした業務ごとに「何を・いつ・どのように・誰に提出するか」を明文化します。特に、給与計算や社会保険の届出はミスが許されないため、社労士としては、業務フロー図や提出書類のテンプレートを整備するよう提案しています。例えば「勤怠データ確認→控除一覧確認→給与計算ソフト入力→役員確認→振込処理」という流れを、チェックリスト形式にしておくと代行・引き継ぎがスムーズになります。
加えて、クラウドシステムの活用も効果的です。勤怠管理、給与計算、社会保険手続きなど、紙やローカルデータで運用していると、データの所在が属人的になります。クラウド型の労務管理ツールを導入すれば、ログインさえできれば誰でも作業が可能となり、情報共有の即時性が高まります。実際、顧問先のある製造業では、勤怠管理をクラウド化したことで、担当者が変わっても給与計算の遅延がなくなりました。
また、バックアップ体制の構築も不可欠です。人事・総務部門が1名体制である場合、担当者不在時に備えて、最低限の業務を代行できるサブ担当者を育成しておくことが望まれます。ここで大切なのは、「引き継ぎを前提にした教育」を平時から行うことです。退職が決まってから慌てて引き継ぐのではなく、月次業務の都度、「ここはこうやって処理している」と共有する習慣を持たせることが、最も確実なリスクヘッジになります。
私が関わった医療法人のケースでは、総務1名体制であったため、院長と私が協議のうえ、業務ごとに「内部で行うもの」と「外部に委託するもの」を整理しました。給与計算・労働保険・社会保険手続きなど専門性の高い業務は社労士事務所にアウトソーシングし、院内では勤怠集計と簡易的な事務を担う運用に変更。結果、担当者の退職後も業務は一切滞らず、むしろ制度運用が安定しました。
このように、「外部委託による仕組み化」も有効な選択肢です。すべてを社内で完結させようとすると、教育コストや属人化リスクが増します。外部の専門家を巻き込み、業務プロセスを分業・明確化することで、担当者変更時のリスクを最小限に抑えることができます。
さらに、情報管理のルール化も忘れてはなりません。ID・パスワード、契約書、各種届出書類などが個人のPCやメールボックスにしか存在しないケースは非常に危険です。共有フォルダやクラウドストレージを活用し、権限を設定したうえで全てのデータを保存・共有すること。これにより、誰が見ても「会社の資産」として管理される体制が整います。
社労士として顧問先を支援していて感じるのは、「総務担当者がいないと会社が回らない」という状況は、単なる人員問題ではなく“経営管理上の仕組み不全”であるという点です。業務を個人の努力に依存させず、システムとルールで動かす仕組みを持つことが、組織の持続性を高めます。
もし「まだ退職予定はないから大丈夫」と考えている経営者がいれば、今こそ仕組み化の絶好のタイミングです。担当者がいる今だからこそ、全ての業務を洗い出し、マニュアル化し、共有化することができます。退職が決まってからでは間に合いません。
属人化を解消し、誰が担当しても業務が止まらない体制をつくること。それは、単なる業務効率化ではなく、企業の“経営リスクマネジメント”です。総務担当者の退職を機に混乱する企業と、冷静に体制を維持できる企業の差は、この仕組み化の有無によって決まります。
総務業務は「地味だが重要」。その業務が滞ると、給与遅配や社会保険料未納、行政対応の遅れといった法的リスクに直結します。だからこそ、企業規模に関係なく、総務の仕組みを“人に頼らず機能する形”に変えることが求められています。
社労士として、私は今後も顧問先に対して「属人化から脱却した強い組織づくり」をテーマに支援を続けていきたいと考えています。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)