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多くの中小企業では、今もなお勤怠管理、労働契約、年次有給休暇の管理などを紙やExcelで行っているケースが見られます。社内でのルールや担当者の慣れがあり、一定の管理はできているように見えても、実際には「探すのに時間がかかる」「共有できない」「ミスが多い」といった課題が山積しています。これらを放置したままでは、業務効率の低下だけでなく、法令遵守の観点からもリスクを抱えることになります。
私が顧問として関与しているある製造業の企業では、勤怠表を全て紙で回収しており、月末になると総務担当者が数十人分の勤務表を手入力で集計していました。残業時間や有休取得日数を確認するだけでも丸一日かかり、さらに修正依頼や差し戻しが頻発。経営者から「毎月の集計にこんなに時間を使うのは非生産的だ」と相談を受けました。
このような企業には、いきなりすべての業務をクラウド化するのではなく、「電子化の第一歩」をどこから始めるかが重要です。最初に取り組みやすいのは「勤怠管理の電子化」です。クラウド勤怠システムを導入すれば、従業員の打刻データが自動集計され、有休残数や時間外労働時間がリアルタイムで確認できます。法改正対応も自動で行われるため、担当者が常に最新の制度を追う負担も軽減されます。
実際、前述の企業ではクラウド勤怠管理システムを導入したことで、集計作業にかかる時間が90%以上削減されました。担当者はこれまで残業して行っていた締め処理を定時内で終えられるようになり、経営層への報告資料も自動出力で作成可能に。業務の効率化と同時に、従業員からも「残業時間の見える化で安心感がある」と好評でした。
もう一つの「第一歩」としておすすめなのが、雇用契約書や労働条件通知書の電子化です。これまで紙でやり取りしていた契約書は、従業員が増えるほど保管場所の確保や検索性の低さが問題になります。電子契約を導入すれば、締結・管理・保存のプロセスがすべてデジタルで完結し、労働契約法に基づく「書面交付義務」も電子署名によって対応できます。
ただし、電子契約の導入にあたっては、本人確認の仕組みや電子署名の法的有効性など、注意すべき点もあります。私が支援したある医療法人では、電子契約の導入に際して「スタッフがスマートフォンで契約内容を確認できる仕組み」を整備し、説明動画やFAQを用意しました。結果として、新入職員の契約手続きに要する時間が半減し、契約漏れもゼロになりました。
さらに、給与明細や年末調整の電子化も大きな効果を発揮します。紙の明細書を封入・配布する手間や、郵送コストを削減できるだけでなく、マイナンバー等の機微情報の取扱いも安全に管理できます。実際、私が顧問を務める歯科クリニックでは、給与明細を電子化したことで「スタッフが自分のスマホからすぐ確認できるようになった」と好評を得ました。封筒の誤配布リスクもなくなり、院長も「情報漏えいの心配が減った」と安心されています。
一方で、電子化を進める際にありがちな誤りは、「システム導入=業務改善」と考えてしまうことです。システムを入れても、運用ルールや責任範囲が曖昧なままでは混乱が生じます。たとえば勤怠修正の承認フローを定めていなかったり、データのバックアップ手順が共有されていなかったりするケースです。電子化はあくまで「仕組みの整備」であり、それを活かすには、社内ルールと教育が不可欠です。
また、経営者の理解と現場の納得感を両立させることも大切です。特に長年紙やExcelで作業してきた担当者ほど、「慣れている方法を変えること」に抵抗を示す傾向があります。私は顧問先で電子化を進める際、まず「なぜ電子化するのか」「何が便利になるのか」を明確に説明する時間を設けています。単に「効率化のため」ではなく、「人的ミスを防ぎ、法的リスクを減らすため」という目的を共有することで、理解が深まり、導入がスムーズになります。
最初のステップとしては、次の3点を押さえると良いでしょう。
①現状の紙・Excel業務の棚卸しを行い、どの業務から電子化できるかを明確化する。
②導入効果が高く、現場負担が少ない領域(勤怠・契約・明細)から始める。
③導入後の運用ルールを明文化し、従業員への教育を徹底する。
電子化の目的は「効率化」だけではなく、「トラブルを未然に防ぐ仕組みをつくること」です。紙やExcelでは曖昧になりがちな履歴管理や証拠性も、電子データであれば正確に記録・保存が可能になります。法令対応の観点からも、今後は電子データの正確な管理が企業の信頼性を左右すると言えるでしょう。
私の経験から言えば、電子化を進めた企業ほど、総務担当者が「守りの労務」から「攻めの労務」へと役割を変えています。単なる事務処理から脱却し、データをもとにした人材分析や労働時間の最適化など、経営に貢献できる体制が整っていくのです。紙やExcel管理を卒業することは、単なるIT化ではなく、「組織の成長戦略」としての第一歩でもあります。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)