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企業におけるハラスメント防止対策や職場環境改善の要となるのが「相談窓口」の設置である。厚生労働省が示す指針では、パワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)およびセクシュアルハラスメント防止措置義務(男女雇用機会均等法)に基づき、すべての企業に対して相談窓口の設置が義務付けられている。しかし、実際には形式的に設けられているだけで実際には機能していない、または「外部相談窓口」を設けていない企業が少なくない。こうした企業が抱える法的リスクは想像以上に大きい。
まず、内部の上司や人事担当者が相談窓口を兼ねている場合、相談内容が上層部や当事者に伝わってしまうリスクがある。特に中小企業では、社長や役員が人事管理を兼ねていることも多く、従業員から見れば「誰にも相談できない」状態に陥りやすい。結果として、従業員は社内での解決を諦め、外部の労働局や弁護士、SNS上での告発に踏み切るケースも少なくない。実際、私の顧問先でも、相談経路がないままトラブルが外部化し、行政調査や裁判に発展した例を経験した。
ある医療法人では、職員間のパワーハラスメントが慢性化していたものの、相談窓口が管理職を通じる仕組みになっていたため、被害者が訴えを上げられずにいた。結果、退職後に労働局へ申告が行われ、法人には改善命令が出された。このケースでは、外部窓口の設置を怠ったことが「相談体制の不備」として行政指導の対象となった。
法的には、ハラスメント防止措置義務を怠ることは「労働施策総合推進法第30条の2」に基づく行政指導の対象となり、改善勧告や企業名の公表など reputational damage(企業イメージの毀損)につながる可能性がある。さらに、相談窓口を設けずに被害が放置された場合、使用者責任(民法第715条)や安全配慮義務違反として損害賠償請求を受けるリスクもある。裁判例でも、相談体制が整備されていなかった企業に対し、ハラスメント被害者からの訴訟で「組織的怠慢」と判断されるケースが増えている。
また、内部通報制度に関しては、公益通報者保護法の改正により、2022年から常時300人超の企業には通報対応体制の整備義務が課され、違反時には勧告や公表のリスクがある。人数規模にかかわらず、今後は中小企業にも同様の水準が求められる流れである。つまり、相談・通報の窓口を自社で完結させることには限界があり、専門性と中立性を担保した「外部相談窓口」の設置が企業防衛の観点から不可欠になっている。
私は顧問として関与する中で、特に医療・福祉業界の法人にこの重要性を繰り返し伝えてきた。これらの業界では人間関係の密度が高く、ヒエラルキー構造も明確なため、内部での相談が難しい傾向がある。ある介護施設では、利用者家族からのクレーム対応で職員が心理的に追い詰められ、上司に相談したものの「我慢しろ」と言われた結果、うつ病を発症して休職した。外部窓口を設けていれば早期に相談を受け止め、産業保健面での対応や配置転換などの選択肢が取れたはずだ。
その経験から、私は顧問先に対し、社労士法人レクシードが運営する外部相談窓口サービスの導入を提案している。この仕組みでは、従業員が匿名または記名でメール・電話・オンラインフォームを通じて直接相談でき、社内では把握できない「小さな声」を拾い上げることができる。相談内容は弁護士・社労士が一次対応し、必要に応じて会社への改善提案や再発防止策を提示する。これにより、従業員の安心感が高まり、社内の信頼関係が再構築されたという報告を多数受けている。
外部相談窓口を設けることの最大の効果は、「抑止力」と「早期発見」である。相談の受け皿があることで、行為者に対する牽制が働き、不正やハラスメントの芽を摘むことができる。また、万が一トラブルが起こっても、相談記録や対応経過を客観的に残すことで、企業が誠実に対応した証拠となる。裁判や行政対応においても、「組織的に防止体制を構築していた」ことを示せれば、企業の法的責任を大きく軽減できる。
一方で、外部窓口を設けない企業では、被害が表面化するまで放置され、結果として社内秩序が崩壊することもある。特に最近では、SNSによる内部告発やリークが瞬時に拡散される時代であり、「相談窓口が機能していない会社」というレッテルは、採用・定着にも深刻な影響を与える。従業員が安心して声を上げられる環境を作ることは、単なるコンプライアンス対応ではなく、経営リスクの最小化そのものである。
私が顧問として感じるのは、「人は相談先があるだけで、半分は救われる」ということだ。多くのトラブルは、誰かに聞いてもらえることで冷静さを取り戻し、解決への道筋が見えてくる。だからこそ、経営者が「聞く体制」を自ら整えることが、これからの労務管理の要になる。外部相談窓口はそのための最も実効的な仕組みであり、法的にも倫理的にも企業を守る最後の防波堤と言える。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)