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近年、パワーハラスメント防止法の施行により、企業には「相談窓口の設置」が義務づけられました。多くの会社が急ぎで体制を整備し、「社内に相談窓口を設けた」ことで対応したと考えています。しかし、私が顧問として見てきた現場では、社内完結型の相談窓口が新たなトラブルの火種となるケースが少なくありません。形だけ整えて安心してしまうことが、むしろリスクを増大させることを理解する必要があります。
まず、社内窓口の最大の問題は「相談しにくさ」です。相談者は多くの場合、職場内の人間関係に悩みを抱えています。上司とのトラブルであったり、同僚からのパワハラやセクハラであったりと、社内の人間に相談すること自体が心理的に難しい状況にあります。ところが、窓口担当者が総務部や管理職である場合、相談内容が本人に伝わるのではないかという不安が生じ、結果として「相談できない」体制になってしまうのです。
実際、ある顧問先では、ハラスメント相談窓口を総務部長が兼務していました。被害を訴えた従業員は、最初は勇気を出して相談しましたが、後日その内容が上司に漏れたことで職場に居づらくなり、最終的には退職してしまいました。会社としては「窓口を設置していた」つもりでも、相談者保護の観点からみれば重大な体制不備です。このケースでは、会社が後に再発防止措置として、社外専門家を含む相談ルートを再構築しました。
次に、社内完結型窓口では「公平性の担保」が難しいという課題があります。相談を受けた社員が上司や人事部門に属している場合、組織内の力関係が影響しやすく、公正な判断が下されにくくなります。とくに中小企業では、経営者と従業員の距離が近いため、経営層の意向に沿った判断が行われやすく、結果として「会社が守られ、社員が守られない」という構図が生まれがちです。
私の経験上、このような社内処理型の対応では、初期対応の誤りが後々の紛争リスクにつながることが非常に多いと感じます。例えば、相談を「個人間の感情の問題」として処理し、事実確認を怠るケース。ある医療機関では、看護師同士のパワハラ相談を軽視した結果、SNS上に内部事情が拡散し、採用活動に支障をきたしました。このように、初期対応のまずさが企業イメージや採用力の低下に直結することもあります。
さらに、社内窓口だけに依存する体制では、「記録・報告・是正」のプロセスが形骸化しやすい点も見逃せません。相談を受けた担当者が法的知識を十分に持っていない場合、どの段階で報告すべきか、どのような措置を講じるべきかが判断できず、結果的に問題を放置する形になることがあります。実際、私が関与したある製造業の企業では、セクハラ相談を担当者が「指導済み」として処理したものの、実際には何の改善もなされず、2年後に訴訟に発展しました。
このような事態を防ぐためには、「社内外の二重窓口体制」を構築することが不可欠です。つまり、従業員が選択できるよう、社内担当者と社外専門家(社会保険労務士や弁護士など)の両方を相談ルートとして明示しておくことです。社外窓口を設けることで、相談者は「守られている」という安心感を得られ、早期の段階での相談が促進されます。
私の顧問先でも、社外窓口を導入したことで相談件数が増加し、職場の問題が早期発見・早期解決できるようになった事例があります。ある医療法人では、私が社外窓口として関与するようになってから、ハラスメントだけでなく勤務態度や人間関係の不和など、潜在的な課題が可視化されるようになりました。その結果、管理職研修を行い、職場の風通しが大きく改善しました。相談が増えることは一見「問題が多いように見える」かもしれませんが、実はそれが「健全な組織の証拠」なのです。
また、社外窓口を設置することで、会社自身を守る効果も生まれます。外部専門家が記録を残し、客観的に対応することで、企業が適切な措置を取った証拠になります。労働局からの指導や訴訟になった際にも、「体制として適切に整備していた」ことを示せるため、リスクを大幅に軽減できます。
ハラスメント防止措置は、「形」ではなく「機能」させることが重要です。相談体制の整備を法律上の義務としてとらえるだけでなく、社員が安心して声を上げられる職場文化をつくることが本質です。そのためには、社内の人間関係に左右されない中立的な立場の専門家を巻き込むことが欠かせません。
顧問として各社を支援してきた中で感じるのは、ハラスメント相談窓口は「信頼の入口」であるということです。従業員にとって信頼できる窓口があるかどうかで、会社への安心感や定着率は大きく変わります。トラブルが起きてからでは遅く、普段からの仕組みづくりが最も効果的な防止策です。
ハラスメントのない職場は、「相談できる」環境から生まれます。社内完結にこだわらず、外部と連携した仕組みを導入することこそが、企業の持続的成長につながる第一歩です。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)