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給与テーブルの整備は、単なる賃金計算の効率化ではありません。中小企業や医療機関の離職率を下げ、定着率を高めるための「経営戦略の一部」として設計することが重要です。特に近年では、「給与の不公平感」「将来の見通しの不透明さ」「評価と報酬の連動不足」が離職理由の上位を占めています。給与テーブルの構築は、これらの課題を構造的に解決する手段となります。
離職を防ぐ最大のポイントは「納得感」にあります。人は金額の大小だけでなく、「どうやってその金額になっているのか」「自分が努力すればどのように上がっていくのか」という道筋が見えないと、不満や不信感を持ちやすくなります。
たとえば、同じ職場で同じ年数を働いても、昇給の根拠が曖昧で上司の裁量や感覚で決まっていると、モチベーションは下がります。一方、明確な給与テーブルに基づいて「等級」「職責」「スキル要件」「成果基準」などが定義されていれば、社員は自分の立ち位置を理解し、次に何をすれば評価されるのかを具体的に把握できます。
この「評価と給与の見える化」が、社員の不安を減らし、結果的に離職率を下げる土台となるのです。
給与テーブルを導入することで、給与決定プロセスが透明化されます。これにより、「上司に気に入られている人だけが昇給する」「年功序列でしか上がらない」といった不満が生まれにくくなります。
特に組織が拡大すると、現場責任者による判断のバラつきが離職を招く要因となります。給与テーブルを基準として全体の整合性を取ることで、どの部署でも同じ基準で評価・処遇が行われるようになります。これにより社員は「会社は公正だ」という信頼を持ち、長く働く意欲が高まります。
離職が多い職場ほど、「頑張っても給料が上がらない」という声が出ます。しかし実際には、会社としても評価しているのに、それが給与に反映される仕組みが無いというケースが多いのです。
給与テーブルに「等級ごとの給与幅」や「昇格条件」を明確に設定しておけば、社員は自分の努力の方向性を理解し、「次のステップに向けて何を伸ばせばいいか」を自発的に考えるようになります。
この「努力が報われる見通し」を持てるかどうかが、定着率を左右します。給与テーブルは単なる金額表ではなく、「キャリア形成の指針」を示す経営ツールでもあるのです。
給与テーブルだけを作っても、それが「運用される仕組み」として機能しなければ意味がありません。実際の現場では、職務内容・責任範囲・スキルレベルなどを整理した「等級制度」と連動させることで、初めて給与テーブルは活きてきます。
たとえば、医療機関であれば「一般スタッフ」「主任」「リーダー」「管理職」といった段階を明確にし、それぞれの職位に求めるスキルや役割を定義します。
その上で、等級ごとの給与レンジを設定すれば、「昇格=給与上昇」という明快な関係が生まれます。
これにより、評価制度との整合性も取れ、昇給・賞与面談で「感情論ではなく、基準に基づいた説明」ができるようになります。これが信頼と定着につながるのです。
給与テーブルは社員のための制度と思われがちですが、実は経営側にとっても非常に有効な管理ツールです。
・人件費の総額管理がしやすくなる
・採用時の給与提示に一貫性が出る
・昇給シミュレーションによる将来コストの見通しが立てられる
こうした効果により、「今後5年で人件費がどの程度増加するのか」「等級ごとに何人配置できるのか」など、経営計画との連動が可能になります。結果的に、無理のない報酬制度が維持でき、安定的に従業員へ還元できる組織運営へとつながります。
ある中規模の歯科クリニックでは、スタッフの離職が年間30%を超えていました。給与は院長の裁量で決定され、評価基準も曖昧。頑張っても昇給しないと感じるスタッフが多く、モチベーションが低下していました。
そこで、職種別に「等級定義」「評価基準」「給与レンジ」を整理し、昇格条件を明文化。半年ごとに評価と面談を行う仕組みを導入した結果、離職率は10%台に低下。さらに「目標設定が明確になった」「キャリアを考えるきっかけになった」といった前向きな声が増えました。
給与制度が「不満の原因」から「成長の動機」に変わった好例です。
給与テーブル設計は、単に金額を決める作業ではなく、評価制度・等級制度・労働条件・人件費計画など多角的な視点が求められます。現場の実態を踏まえずに形式的に導入しても、運用が続かないことが多いのが実情です。
社労士が関与することで、法令遵守と現場運用の両立が可能になります。たとえば、固定残業代の範囲を考慮した等級設計、昇給ルールと労働契約書との整合性、同一労働同一賃金対応など、専門的観点からリスクを排除した設計が可能になります。
また、現場ヒアリングを通じて「何に不満を持っているのか」「どうすればやる気が出るのか」といった感情面の分析も行い、制度が“使われる仕組み”として根付くようサポートします。
給与テーブルの設計は、離職率を下げるための「最も効果的な予防策」と言えます。社員は給与の「金額」よりも「納得感」「将来性」「公平性」を重視しています。
経営者にとっても、人件費の安定と生産性の向上を同時に実現できる制度であり、まさに“攻めの労務管理”です。
形式的な賃金表ではなく、「人を育てる給与制度」として再構築することが、これからの時代の人材定着戦略における必須要件です。
(筆者)特定社会保険労務士 鈴木教大
社会保険労務士法人レクシード