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企業がハラスメント防止や職場改善に取り組むうえで、「外部相談窓口」の設置は年々注目を集めています。単なる法令遵守のためではなく、従業員との信頼関係を築くうえで極めて重要な仕組みとして機能するからです。実際に顧問先を支援してきた中でも、外部窓口を導入した後に職場の雰囲気が明らかに変化したケースは少なくありません。今回は、なぜ外部窓口の導入によって従業員の信頼が高まるのか、その理由を具体的な事例を交えて考えてみたいと思います。
まず、外部窓口の最大の特徴は「中立性」です。社内の上司や人事担当者に直接相談する場合、どうしても“その後の評価に影響するのではないか”という不安がつきまといます。特に小規模事業所や家族経営の職場では、相談内容がどこまで守られるのか疑念を持つ従業員も多く、「我慢するしかない」という空気が生まれやすいものです。こうした構造的なハードルを取り除くのが、社外の専門家による外部窓口の役割です。相談者は、自身の立場を気にせず率直に話すことができ、企業側も中立的な第三者から状況を把握できるため、双方にとって公平な仕組みといえます。
私が顧問を務めるある医療法人では、長年勤めるスタッフの中で上司との関係に悩む人が複数いたものの、院内では相談しづらい状況が続いていました。トップである院長もその存在に気づいてはいたものの、現場の空気を乱すことを恐れ、踏み込めないまま数年が経過していました。そこで当法人では、私ども社会保険労務士法人を外部相談窓口として導入しました。すると、設置から1か月もしないうちに複数の相談が寄せられました。どれも重大なハラスメントではありませんが、職場の「小さな不満」や「誤解」が積み重なっていたことが明らかになり、早期対応によりトラブル拡大を防ぐことができました。院長は「こんなに本音が出てくるとは思わなかった」と驚いておられましたが、それと同時に「ようやく信頼して話せる環境が整った」と職員から声が上がり、以後、離職率も大幅に低下しました。
従業員にとって、外部窓口の存在は「会社が自分たちの声を本気で聞く姿勢を持っている」というメッセージとして伝わります。内部通報制度やハラスメント相談窓口が形だけになっている企業では、制度そのものへの信頼が失われやすく、結果的に従業員のモチベーション低下や早期離職につながります。反対に、外部機関を活用することで、企業側は「相談者の不利益を防ぐ」という実効性を明示できます。この“見える安心感”が、従業員の信頼を確実に高めるのです。
また、外部窓口を設置することで、企業のリスクマネジメントにも好影響をもたらします。早期に課題を拾い上げ、第三者が客観的に整理して報告することで、事実関係を明確にし、誤解や感情的対立を防げます。実際、ある製造業の顧問先では、匿名の通報から職場リーダーの不適切発言が発覚しました。事実確認の過程で「誰が言ったのか」を追及するのではなく、「今後どう改善するか」に焦点を当てた話し合いをサポートした結果、組織としての信頼がむしろ強化される結果となりました。従業員アンケートでも「会社が真摯に対応してくれた」「相談してよかった」との回答が増え、内部の安心感が高まったことが数値としても確認できました。
一方で、外部窓口の導入には「形だけ導入しても意味がない」という注意点もあります。導入後に社内周知を怠ると、「どこに相談すればいいのか分からない」「誰が対応してくれるのか不明」という状態になり、結局利用されないケースも少なくありません。実効性を高めるには、定期的な社内研修やポスター掲示、就業規則・社内規程への明記など、従業員に“いつでも利用できる制度”として認知させる工夫が欠かせません。加えて、相談受付後の対応プロセスを社外専門家と共有し、報告・改善の流れを明文化することで、制度が継続的に機能します。
私の経験上、外部窓口が機能している企業には共通点があります。それは「経営者が制度を信じて任せている」という点です。経営者が「うちには問題はない」「外部に知られるのは恥だ」と考えている間は、従業員の信頼は得られません。むしろ、経営者自らが「問題が起きたら早く知りたい」「社員の声を大切にしたい」と公言し、外部窓口の活用を推奨することで、職場全体に安心感と一体感が生まれます。ハラスメント防止体制や職場改善における“真の目的”は、問題を摘発することではなく、働く人全員が安心して意見を言える環境をつくることにあるのです。
外部窓口は、企業の「リスク対策」であると同時に、「信頼資産の構築」でもあります。外部の専門家を通じて社員の声を聴く仕組みを整えることは、経営における“透明性の向上”につながり、離職防止・生産性向上・採用力強化といった好循環を生み出します。外部窓口を単なる制度ではなく、組織文化として根づかせることが、これからの時代に求められる労務管理の新しい形といえるでしょう。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)