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医療・福祉業界は「人を助ける」「寄り添う」仕事である一方、人間関係のストレスが高く、ハラスメントの温床になりやすい職場環境を抱えています。一般企業と比較しても感情労働が中心であり、職員同士の協働が密接なため、些細な言葉や態度が「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」などの問題に発展するケースが少なくありません。私は社労士として多くの医療法人や福祉施設を顧問してきましたが、この分野には特有の構造的な課題があると感じています。
まず特徴的なのは、「職階と経験年数の差が大きい職場構成」です。医師や看護師、介護職員、事務スタッフといった多職種が混在し、年齢・資格・キャリアに大きな差があります。特に医師や看護師長などの上位職による言動が現場の空気を左右する傾向が強く、「指導のつもりで厳しく言った」「忙しい中で言葉が荒くなった」といった意図しない発言が、相手にとっては威圧や人格否定と受け取られてしまうことがあります。
また、福祉現場では「感情の共有」が求められる一方で、個々の価値観や育成方針が異なるため、「優しさの押しつけ」「ケア方法の否定」などが人間関係の軋轢を生みます。たとえば、私が関与したある介護施設では、ベテラン職員が新人に対して「利用者への接し方が冷たい」と繰り返し指摘し、本人が精神的に追い込まれて退職に至りました。ベテラン側には「利用者の尊厳を守りたい」という正義感がありましたが、伝え方が「人格攻撃」と受け止められた結果、ハラスメントと判断されました。
医療現場では「命を預かる」プレッシャーから、緊迫した指導場面が日常的に生じます。その中で「指導とパワハラの境界」があいまいになりがちです。特に、看護師長や医師のリーダー層に「部下の成長を願う気持ち」と「厳しく育てるべき」という古い指導観が混在しており、結果として相手の受け止め方に乖離が生まれます。この構造を放置すると、現場の人間関係が悪化し、離職・訴訟・内部通報といった深刻な問題に発展します。
対応策として最も重要なのは、「ハラスメントを“感情論”で片づけない仕組み化」です。具体的には、①事案発生時の初動ルール、②外部窓口の設置、③管理職研修の3点をセットで構築することが有効です。
まず①の初動ルールでは、通報があった際の受付方法、事実確認手順、聞き取り者の指名、再発防止策までを文書化します。多くの職場では「聞いた人が個人判断で対応してしまう」ため、後から対応不備を指摘されるケースが目立ちます。私は顧問先で、通報時の対応フローを「時系列で見える化」し、誰が・いつ・何を行うかを明確にした様式を導入しています。これにより、感情的な処理を避け、組織として一貫した対応が可能になりました。
次に②外部窓口の設置です。医療・福祉職場では「閉鎖的な人間関係」が多く、内部に相談しても上司や同僚に情報が漏れる不安が強い傾向にあります。その結果、「相談できずに退職する」ケースが後を絶ちません。外部窓口を設けることで、匿名・第三者的視点での相談が可能となり、従業員の安心感が大幅に高まります。私の顧問先でも、外部窓口を導入した医療法人では「相談件数が増えた=職場の透明性が高まった」結果、離職率が改善した例が多く見られます。
最後に③管理職研修の実施です。多くのトラブルは「上司が自分の言動をハラスメントと認識していない」ことから始まります。研修では、「行為者の意図ではなく、相手の受け止め方が基準になる」という法的観点を理解させることが肝心です。私が行う研修では、実際の医療・福祉現場の事例を基に、言葉の使い方や叱責場面の指導法をロールプレイ形式で体感してもらっています。これにより、「現場でどう表現を変えれば良いか」を具体的に理解でき、実効性のある改善につながっています。
また、経営層には「ハラスメントは人間関係の問題ではなく、経営リスクである」という認識を持ってもらうことが不可欠です。実際に、ある病院では指導医によるパワハラが原因で複数の看護師が離職し、採用コストの増加と患者対応力の低下という二重の損失を招きました。経営会議でハラスメント対応を「労務リスク管理の一部」として議題化し、改善計画を策定した結果、半年で職場の雰囲気が明らかに変わりました。
ハラスメント防止は「教育と仕組みの両輪」で回す必要があります。規程を整備するだけでは形骸化し、研修だけでは一過性に終わります。制度設計と意識改革を並行して行うことで、ようやく「安心して働ける職場文化」が定着します。
医療・福祉の現場で働く人々は、人の痛みや苦しみに日々向き合っています。そのためこそ、組織は職員一人ひとりの尊厳を守る環境を整える義務があります。ハラスメント防止は単なる法令遵守ではなく、「人を支える人を守る」ための経営課題であることを、現場のリーダーにこそ理解してほしいと強く感じています。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)