〒322-0039 栃木県鹿沼市東末広町1940-12 シマダヤビル3F(駐車場:あり)
受付時間
企業がハラスメント防止の一環として設置する「外部相談窓口」は、これまで“法令遵守のための仕組み”と捉えられることが多く、どちらかといえば「義務的対応」という印象が強いものでした。しかし近年、労働市場の流動化や採用競争の激化に伴い、この外部窓口を「広報・採用ブランディングの一環」として活用する企業が増えています。
社外専門家による中立的な窓口の存在は、「従業員を大切にする姿勢」を明確に示すシグナルとなり、応募者や在職者双方の信頼を高める効果があります。
私が顧問を務める医療法人でも、ハラスメント防止体制の構築を支援する中で「外部相談窓口を導入するだけでなく、それを積極的に対外的に発信する」取り組みを提案したことがあります。採用ページに「外部相談窓口を設置し、職員が安心して働ける環境づくりを推進しています」と明記したところ、求職者の応募動機に「ハラスメント防止に力を入れている点に共感した」という声が複数寄せられました。採用活動において、“職場環境の安心感”が企業選択の重要な要素になっていることを改めて実感した事例です。
求職者は求人票やホームページに記載された条件だけでなく、会社の「安心して働ける職場かどうか」を敏感に見ています。特に医療・福祉・サービス業など人間関係が職場満足度に直結する業種では、トラブル発生時に第三者へ相談できる仕組みがあるかどうかは、安心感を左右する大きなポイントです。
外部相談窓口の存在は、企業のガバナンス意識と誠実な労務管理姿勢を象徴するものです。「問題が起きない職場」を謳うよりも、「問題が起きたときに誠実に対応する仕組みがある」と示すほうが、むしろ現実的で信頼されるのです。
また、当法人のクライアントの一つである介護施設では、採用説明会の資料に「社外相談窓口の運用体制」を掲載した結果、応募者の質問内容が変化しました。以前は「人間関係が難しそうで不安」といった声が多かったのが、「相談しやすい環境が整っていると感じた」という前向きな意見に変わり、採用後の離職率も改善しています。
外部相談窓口を「ブランド資産」として活かすには、単に設置するだけでなく、社内外に正しく伝える工夫が必要です。
(1)採用ページ・会社案内での明示
採用情報や会社案内に、「社外専門家によるハラスメント相談窓口を設けています」と明記することで、応募者に安心感を与えます。さらに、「弁護士・社労士など第三者が関与している」と具体的に記すことで信頼性が高まります。
(2)社内広報・SNSでの発信
自社の公式SNSや採用Instagramなどで、「従業員が安心して働ける職場づくりに取り組んでいます」「外部相談窓口を設け、匿名でも相談可能です」といった投稿を行うことも効果的です。若年層の応募者はSNSで企業文化を確認する傾向が強く、こうしたメッセージはエンゲージメント向上につながります。
(3)面接時の説明・求人票の記載
面接の際に「当社では社外の社労士に相談できる体制があります」と伝えることで、応募者に具体的な安心感を与えます。求人票に「外部相談窓口あり」と一文を入れるだけでも印象は大きく変わります。
(4)社内研修と連動
相談窓口の存在をアピールするだけでなく、年に一度のハラスメント防止研修などで従業員に利用方法を周知し、実際に機能していることを伝えることが重要です。運用が形骸化すると逆効果になるため、「窓口を活かした運用」がブランド維持の鍵となります。
ある製造業の顧問先では、外部相談窓口を導入し、求人媒体の会社紹介欄に「外部専門家によるメンタル・ハラスメント相談体制を整備」と掲載したところ、若手応募者のエントリー数が前年比で1.8倍に増加しました。さらに、社員アンケートでも「会社への信頼度」が上昇し、定着率が向上。企業の“安全・安心な職場”イメージが強まり、地元紙の取材を受けるまでになりました。
このように、法令対応として導入した仕組みが、戦略的な広報資産に変わるのです。
私自身、複数の医療機関・社会福祉法人・中小企業の顧問として、ハラスメント対策や相談窓口運営をサポートしてきました。その中で実感するのは、「外部窓口の運用をきっかけに、企業と従業員の信頼関係が深まる」ケースが多いということです。
ある歯科クリニックでは、導入後に匿名相談が寄せられ、院長が初めて自分の指導スタイルを客観的に見直す機会となりました。結果として、職員との関係が改善し、「以前よりもチームワークが良くなった」と本人が語っていました。相談は“問題の告発”ではなく、“職場改善のきっかけ”にもなるのです。
社労士として感じるのは、外部窓口の存在が「会社と従業員をつなぐ安全弁」であり、トラブルの火種を初期段階で吸収できる“クッション機能”を果たす点です。この仕組みを正しく運用し、積極的に発信していくことが、現代の人事戦略において欠かせません。
企業が採用市場で選ばれる時代において、労務コンプライアンスの強化は単なる義務対応ではなく、“信頼のブランドづくり”に直結します。外部相談窓口の整備と発信は、単なる防御策ではなく、社員と企業双方の安心感を高める攻めの施策です。
今後は、単なる設置にとどまらず、相談傾向の分析や職場改善施策への反映といった「フィードバック型運用」に発展させる企業も増えていくでしょう。これこそが、労務の枠を超えた戦略的ブランディングの在り方だといえます。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)