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懲戒処分は、企業秩序を維持するために欠かせない制度です。しかしながら、処分の方法を誤ると「懲戒権の濫用」と判断され、労働者からの不当処分・損害賠償請求などに発展するケースが少なくありません。特に裁判例を見ると、就業規則の内容・運用方法に不備があるために、会社が敗訴する事例が多く見られます。懲戒処分を適法に行うためには、就業規則の設計段階から「具体性」「公平性」「手続的正当性」の3つを確保することが不可欠です。
懲戒処分の根拠は就業規則にあります。労働基準法第89条により、懲戒に関する事項は必ず記載しなければなりません。にもかかわらず、「会社の秩序を乱した場合」など曖昧な表現のみで終わっている規程が少なくありません。
過去の裁判例でも、「懲戒事由の文言が抽象的で、労働者に予測可能性がなかった」として処分が無効とされた例があります。たとえば、SNSへの不適切投稿や顧客情報の持ち出しなど、近年の実務上の問題は昔の就業規則には想定されていないこともあります。こうした新しい行為類型を反映し、具体的な懲戒事由として列挙することが重要です。
実際、私が顧問を務める医療法人でも、職員が患者情報を私用スマホで撮影してしまったケースがありました。旧規程では「守秘義務違反」という文言しかなく、処分の重さを明確にできず苦慮しました。改定にあたっては、「業務上知り得た情報を電子的手段で持ち出すことを禁止する」と具体的に記載することで、今後同様の行為があった際にも明確に対処できる仕組みに整えました。
懲戒処分には、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などがありますが、それぞれの適用基準が曖昧なままだと、処分の妥当性が問われるリスクがあります。
例えば、初めての遅刻と、度重なる遅刻を同列に扱えば不公平になります。就業規則には「軽微な過失についてはけん責、重大な故意または再三の違反については減給又は出勤停止」といったように、処分の段階を明示することが大切です。
私の顧問先の製造業では、勤怠不良を繰り返す社員に対して突然の出勤停止処分を行い、本人から「説明もなく不当」と訴えられたことがありました。このとき、就業規則に「処分の前に弁明の機会を与える」規定がなかったため、手続的な瑕疵を指摘されました。以後、懲戒の種類と併せて「弁明機会」「再教育措置」などを明記するよう助言し、再発防止を図りました。
懲戒処分の適法性は、内容だけでなく「手続きの正当性」にも左右されます。裁判所は、処分に至るまでの調査・聴取・弁明の機会付与・決裁プロセスなどが適切に行われたかを厳格に見ます。
就業規則に「懲戒委員会を設け、複数の管理職で審議する」「本人に対し書面で弁明の機会を与える」といった手順を明記しておくと、後日の紛争防止に大きく寄与します。
ある福祉施設では、利用者に対する不適切発言を理由に職員を懲戒解雇しましたが、調査が不十分で証拠が曖昧だったため、後に地位確認請求訴訟に発展しました。私が介入した段階で、調査記録・面談記録・証拠管理などが整理されていなかったため、まず内部ルールの整備を支援しました。以降、懲戒委員会の議事録テンプレートや弁明書様式を運用することで、処分プロセスの透明性を確保しました。
懲戒解雇は労働者にとって最も重い処分であり、解雇権濫用の有無が常に争われます。過去の裁判例では、会社側の主張が認められたケースは限定的であり、「他の処分で足りたのではないか」「懲戒解雇に至るほどの重大性がない」と判断される例が多いです。
したがって、就業規則上には「横領、重大な情報漏洩、暴力行為、虚偽報告等」のように懲戒解雇の該当事由を明確化し、軽微な違反行為と区別することが不可欠です。
私が関与した建設業の事例では、作業中の安全規則違反が続いた社員を懲戒解雇したところ、「注意指導もなく一発解雇は不当」と労基署に申告されたことがありました。結果的に、解雇理由の相当性が認められず、出勤停止処分に変更となりました。以降、懲戒解雇の前に「指導・警告」「再教育」を経る流れを明文化し、教育的な側面を強化する設計に改めました。
懲戒処分は罰ではなく、組織秩序の再構築を目的とすべきです。そのため、処分後のフォローアップ体制を整備しておくことも重要です。特に医療・介護業界では、人手不足の中で一人を処分することが組織全体に影響することがあります。
私は顧問先に対し、懲戒処分後の「再教育」「上司との定期面談」「復職支援」などを制度化するよう助言しています。これにより、単なる制裁ではなく「改善支援」として従業員が受け止めやすくなり、職場の信頼関係を再構築できるようになりました。
最後に、懲戒処分の適法性を支えるのは日々の記録です。注意指導書、始末書、面談記録、勤務状況、メールのやり取りなど、後から経緯を証明できる記録を残すことが不可欠です。
就業規則をいくら整備しても、実務運用が伴わなければ意味がありません。私は顧問先に「指導記録表」を導入し、軽微なトラブルでも日常的に経過を残すよう指導しています。これにより、後に処分を行う際も客観的根拠をもって判断できるようになりました。
懲戒処分の適法性は、規程の文言だけでなく「その運用プロセス」が問われます。抽象的な規程は、企業を守るどころかリスクを増大させることもあります。現場の実情を踏まえた就業規則設計と、証拠に基づく運用体制を整えることが、労務トラブル防止の最も有効な手段といえるでしょう。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)