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企業の成長を阻む最大の要因は「人が定着しないこと」にあります。採用にどれだけコストと時間をかけても、数年で離職してしまえば、その投資は回収されません。一方、社員が長く働き、成長し、後輩を育てる会社は、自然と組織の生産性が高まり、採用コストも抑えられます。では、「人が育つ会社」と「辞める会社」には、どのような違いがあるのでしょうか。今回は、実際のデータと現場での体感をもとに検証します。
厚生労働省「雇用動向調査」(令和5年版)によると、全産業の年間離職率は14.2%。業種別に見ると、宿泊・飲食業は30%を超え、医療・福祉も15.6%と高水準です。一方で、離職率が10%を下回る企業群には共通点があります。
それは「上司との信頼関係」と「成長実感」です。リクルートワークス研究所の調査では、上司に自分のキャリアを理解してもらっている」と答えた社員の定着率は89%に達しました。逆に、「自分の成長を感じない」と回答した社員は、1年以内に転職を検討する割合が60%を超えています。
つまり、給与額や待遇よりも、職場での承認感と成長実感が離職を左右しているということです。
評価制度を導入している企業は年々増えていますが、「運用できているか」となると話は別です。筆者(社会保険労務士)として関わった企業のデータでは、評価制度を形骸化させている会社ほど離職率が高い傾向が見られました。
たとえば、評価結果が給与と連動していない、面談が形式的で終わる、目標設定が抽象的など、「評価制度=納得できない仕組み」となっているケースです。このような状態では、社員は「どう頑張れば報われるのか」が分からず、やる気を失ってしまいます。
逆に、「評価を成長支援のツール」として活用している企業では、評価面談の満足度が高く、離職率が平均の半分以下(約7%)に抑えられていました。上司と部下が1on1で目標を共有し、成長プロセスを振り返る文化があることが、定着の最大要因です。
社員の定着率を高めるうえで、もう一つのポイントがキャリアの見通しです。
「次に何を目指せばいいか」が分からない職場は、不安を生みます。筆者が関与したある歯科クリニックでは、職種ごとの給与テーブルを明示し、「○年でリーダー」「○年で主任」といった目安を設けました。結果、3年以内離職率が38%から12%に減少。特に20代スタッフのモチベーションが向上しました。
社員は「未来が見える」ことで、今の努力に意味を見出します。給与の上下よりも、「頑張ればここまで行ける」という明確な道筋が、強力な定着要因になるのです。
Googleが実施した「プロジェクト・アリストテレス」でも示されたように、高パフォーマンスチームに共通するのは心理的安全性です。
つまり、「意見を言っても否定されない」「失敗しても学びに変えられる」文化があること。
離職率が低い会社ほど、上司が「答えを出す」のではなく「問いを投げる」傾向があります。たとえば、
「どうしたらうまくいくと思う?」
「どんなサポートが必要?」
という対話を通じて、社員自身に考えさせるスタイルです。
このような“対話型マネジメント”を導入したある介護事業所では、離職率が1年で20%→8%へ改善しました。
単なるメンタルケアではなく、社員が自発的に学ぶ環境づくりこそが、「人が育つ職場」の本質です。
逆に、離職が止まらない会社には明確な特徴があります。
① 数字しか見ない評価
「売上が上がらない=評価が低い」という単純評価。行動や努力のプロセスを見ず、結果だけで判断するため、社員が疲弊します。
② ルールの運用が不公平
同じ勤務態度でも、人によって評価や指導内容が違う。これは職場の信頼を根底から崩します。
③ “誰もフィードバックをしない”文化
上司は忙しく、部下も遠慮して言わない。結果、問題が放置され、人間関係の不満が溜まります。
この3つが揃うと、組織は静かに崩壊していきます。社員は口には出さず、転職サイトを開くようになります。
① 現場データの可視化
勤怠・残業・面談・離職理由など、感覚ではなく“数値”で分析することが出発点です。データから課題を洗い出すと、経営層の納得感も高まります。
② 評価・給与制度を「運用できる設計」にする
評価基準を細分化し、評価シートを簡潔に。運用しやすいフォーマットにすることで、継続が可能になります。特に中小企業では、完璧な制度より“使える制度”が重要です。
③ 上司教育と面談制度の定着
制度よりも、最終的に「運用する人」が定着を左右します。上司に対して、面談技術やフィードバック研修を行い、「評価を伝える」から「成長を促す」対話へ転換することが不可欠です。
私がこれまで支援してきた中で、「人が育つ会社」には共通する姿勢があります。
それは、**「人の問題を制度で片付けず、関係性で解決する」**という姿勢です。
就業規則や評価制度は、あくまで土台。そこに「理念の共有」「上司の姿勢」「対話の習慣」が組み合わさって初めて、制度が生きたものになります。
労務管理を制度面から整えることは、確かに社労士の役割です。しかし、それ以上に大切なのは「人を育てる仕組みを設計し、現場で回す」こと。人が辞めない職場は、偶然ではなく、必然的に作られています。
「人が育つ会社」と「辞める会社」の違いを一言で表すなら、“人をコストとして見るか、資産として見るか”です。
離職率の高さは経営指標のひとつ。数字の裏にある“信頼関係”を見直すことが、組織の成長につながります。
データ分析と現場感覚を組み合わせながら、評価・給与・面談の仕組みを再構築する。
その支援こそ、私たち社会保険労務士が提供すべき「人が育つ仕組みづくり」です。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)