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企業における「就業規則」は、単なる労務管理上のルールブックではなく、組織の信頼性を示す重要な経営文書です。法改正や社会情勢の変化に応じて内容を定期的に見直すことは、社員にとっての安心材料となるだけでなく、取引先・顧客からの信頼を得るための根幹にもなります。
私が顧問を務めるある製造業の企業では、創業時に作成した就業規則を20年以上改訂していませんでした。形式的には存在していたものの、現行法との整合性は取れておらず、例えば「育児・介護休業法」や「パワーハラスメント防止法」に関する規定が全く盛り込まれていない状態でした。結果として、育児休業を申請した従業員への対応に迷いが生じ、社内で不公平感が噴出。社員からの信頼が大きく揺らぐ事態となりました。
この企業に対しては、まず現行法との整合性を徹底的にチェックし、さらに現場ヒアリングを通じて「現実に即した規定内容」へと改訂を行いました。例えば、短時間勤務制度や時間単位有給の導入、ハラスメント防止措置の具体化などを行い、制度運用のガイドラインも作成。見直し後には社員アンケートで「会社の姿勢が信頼できる」との回答が増え、離職率も目に見えて低下しました。就業規則の改訂が、法令遵守を超えて「組織文化の再構築」にまで寄与した好例です。
また、医療法人を顧問している際には、逆のケースも経験しました。長年「うちは大きな問題が起きていないから」と就業規則の見直しを先送りにしていた病院で、SNS投稿をめぐる職員トラブルが発生。院内規程にSNS使用に関する条項がなく、対応方針が曖昧だったため、問題が表面化してからの処理に多大な労力を要しました。院長は「もっと早く見直しておけばよかった」と悔やんでおられました。以後、年1回の見直しを定例化し、診療報酬改定・医療安全基準など業界特有の変化にも対応できる体制を構築。結果として「労務管理の信頼性が高い病院」として、採用応募数も増加しました。
就業規則の見直しは、単なる「法改正対応」ではなく、「経営理念の具現化」のプロセスでもあります。働き方改革や多様な雇用形態の浸透により、企業ごとの価値観を明文化することが重要になっています。例えば「副業容認」「在宅勤務」「評価制度の透明化」などを就業規則に明記することで、社員に対して「この会社は時代に合わせてアップデートしている」という信頼感を与えられます。
さらに、外部への信頼にもつながります。近年、取引先や顧客から「法令遵守体制の整備状況」を確認される機会が増えています。特に上場企業や医療機関との取引では、コンプライアンス体制が契約条件に含まれることもあります。就業規則を定期的に見直し、最新法令に適合させている企業は、「リスク管理ができる組織」として高く評価されます。
私は顧問先に対して「就業規則は“完成品”ではなく“成長するツール”」とお伝えしています。制度を整備したら終わりではなく、運用状況を確認し、実際のトラブルや社員の声を反映させて改善していくことが重要です。特に中小企業では、日々の運用が担当者任せになりがちですが、定期的な第三者視点のチェックを入れることで、見落としや時代遅れの規定を防げます。
ある介護事業所では、勤務実態に合わせて変形労働時間制を導入したにもかかわらず、就業規則を更新していなかったため、監督署調査の際に是正勧告を受けました。私が関与して改訂を行い、届出から労使協定の管理までを一元化した結果、行政対応の負担が軽減され、社内にも「透明性のある運営」が根付きました。こうした地道な整備が積み重なることで、外部からの信頼度は確実に高まります。
信頼性を高める企業は、内部統制にも強い特徴があります。就業規則の見直しを通じて、情報管理・安全衛生・勤務時間・休職制度などのルールを一貫性ある形で整理することができ、結果として「社内のルールが明確で、誰が見ても公平」と感じられる組織運営が実現します。この一貫性こそが、社員のロイヤルティと企業ブランドを支える基盤となります。
特に医療・福祉業界のように「人」が最も重要な資源である職場では、信頼関係が崩れると組織の生産性や安全性に直結します。だからこそ、就業規則の定期的な見直しは、リスク回避だけでなく「働く人を守る投資」として位置づけるべきです。見直しを継続している企業ほど、職員との対話が活発で、トラブルの早期発見・防止にもつながっています。
これまで多数の顧問先を支援してきましたが、共通して言えるのは「見直しの習慣」が企業文化に根付いている組織ほど、従業員満足度が高く、離職率が低いという点です。就業規則の見直しは、経営者の法令理解を深め、労務リスクを未然に防ぐだけでなく、「誠実に向き合う姿勢」を社内外に発信する最良の方法です。
就業規則は会社の“顔”です。時代に合わせて見直すことは、企業が社会と約束を更新し続ける行為に他なりません。継続的な改訂を通じて「信頼される会社」へと進化し続けることが、これからの人材確保と持続的成長のカギになるのです。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)