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雇用契約書の不備が訴訟リスクに発展する理由

企業経営において、「雇用契約書」は単なる形式的な書面ではなく、労使関係の根幹をなす“契約の証”である。だが実際の現場では、契約書が未整備のまま採用を行っていたり、古いひな形を流用して法改正に対応できていなかったりするケースが少なくない。私はこれまで数多くの労務トラブルを見てきたが、その多くの発端は「雇用契約書の不備」にあったと言っても過言ではない。

まず、契約書の不備が訴訟リスクに直結する理由の一つは、「労働条件の認識齟齬」である。たとえば、残業代込みの給与だと会社は思っていても、契約書に明確な定めがなければ、後に従業員から「未払い残業代請求」を受けることになる。実際、顧問先の製造業でこのようなトラブルが発生したことがある。従業員は「月給30万円は固定残業代込み」と理解していなかった。会社側も「当たり前だと思っていた」と主張したが、契約書にはその記載が一切なく、最終的に数百万円単位の支払いに発展した。このように、文書化の欠如は会社の主張を裏付ける証拠を失うことを意味する。

次に、「更新契約の管理ミス」も典型的なリスクである。期間の定めのある契約社員の場合、更新回数や満了時の取り扱いが不明確なまま放置されているケースが多い。ある医療機関の顧問先では、看護助手を「1年更新」で雇用していたが、毎年自動的に勤務を続けていたため、実態としては無期契約に近い状態となっていた。契約終了時に「更新しない」と伝えたところ、従業員側は「実質的には常用雇用だった」と主張し、地位確認請求を申し立てた。結果として、契約書の更新管理が杜撰だったことが問題視され、会社側が一定の和解金を支払うこととなった。

さらに、「労働条件通知書」と「雇用契約書」を混同している企業も多い。労働基準法第15条により、使用者は労働条件を明示する義務を負うが、それはあくまで「通知」であり、双方の合意を示す「契約」とは異なる。通知書だけを交付している企業では、後日、従業員が「同意していない」と主張した場合に、会社側の立証が極めて困難になる。私は顧問先の人事担当者に、必ず「労働条件通知書」と「雇用契約書」の二段構えを推奨している。すなわち、前者は法的義務の履行として、後者は合意の証として運用することが重要だ。

また、役職手当や業務内容の範囲について曖昧な表現が用いられているケースも多い。特に中小企業では、採用後に担当業務が広がることが多く、「雇用契約書に記載のない業務」を命じた結果、「職務変更が不当だ」と争われる事例もある。以前、私が関与したクリニックでは、受付スタッフにレセプト業務を任せたところ、「専門外の業務であり、賃金に見合わない」として不満が噴出した。契約書に業務範囲を「医院運営に付随する業務」と広く定義しておくことで、後の紛争を未然に防ぐことができた。

加えて、近年増えているのが「副業・兼業」「テレワーク」「成果報酬型雇用」といった新しい働き方への対応不足である。これらを想定していない契約書では、情報漏洩や労働時間管理の責任範囲が曖昧になり、トラブルの温床となる。特にテレワークでは、労働時間の算定や通信費負担をめぐる紛争が多い。私は顧問先には「リモート勤務規定」を契約書の別添として明記するよう提案している。これにより、会社がどの範囲で管理し、どの費用を負担するのかを明確にできる。

では、これらの問題を防ぐために、企業はどのような対策を取るべきか。第一に、法改正に即した最新の雇用契約書を整備すること。厚生労働省が定める「労働条件通知書」の必須記載事項(労働契約期間、就業場所、業務内容、始業終業時刻、賃金、休暇など)を網羅するのは当然として、固定残業代や退職事由、機密保持、兼業可否といった現代的な要素も明記すべきである。

第二に、契約締結と管理の運用体制を整えること。契約書を作成しても、更新のたびに放置しては意味がない。人事担当者が「契約管理台帳」を用いて更新日を把握し、変更が生じた場合にはその都度見直す運用ルールを設けることが求められる。私は顧問先に対し、クラウド上で契約書データを一元管理する仕組みを提案している。これにより、担当者が変わっても履歴を追跡でき、更新漏れを防ぐことができる。

第三に、採用面接の段階から「労働条件の説明責任」を意識することである。採用時に曖昧な説明をしてしまうと、後のトラブル時に「言った・言わない」の争いになる。面接記録や説明資料を保存し、契約書と整合性を取ることが重要だ。特に、給与体系や賞与支給の条件など、期待値に差が出やすい部分は丁寧な説明が必要である。

私自身、過去に雇用契約書の整備を怠った企業が、たった一人の従業員との紛争で多大なコストを支払う姿を何度も見てきた。経営者にとって契約書は「紙一枚の手続き」ではなく、「会社を守る盾」である。労務トラブルは、起きてから対応するよりも、起きないように設計することが何よりの防衛策だ。

雇用契約書は、会社と従業員の信頼をつなぐ「橋」であり、その整備は経営リスクの最小化に直結する。形式的に署名捺印するだけの書面ではなく、現場実態と法令を踏まえた「生きた契約書」を整えることが、訴訟リスクを防ぐ最善の策である。社会保険労務士として、私は今後も企業の実態に即した契約設計と運用支援を通じて、「安心して働ける職場づくり」を支援していきたい。

 

執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)

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