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企業が従業員の不祥事や規律違反に直面した際、「懲戒処分をどう行うか」は非常にデリケートな問題です。処分が軽すぎれば再発を防げず、重すぎれば不当懲戒として訴訟リスクを招くこともあります。その分岐点を決定づけるのが、実は「就業規則の文言設計」です。現場の判断ではなく、規程の中にどこまで具体性を持たせ、どのように手続きを明示しておくかによって、後々のトラブルを防げるかどうかが決まります。
私が顧問先で見てきた中でも、「就業規則に“懲戒の種類”や“手続き”が曖昧だったために、処分が無効になった」ケースは少なくありません。逆に、規定を丁寧に整備しておいた企業では、社内対応が一貫し、裁判に発展しても正当性を主張しやすい傾向にあります。では、どのような文言設計が望ましいのか、実務的観点から整理してみます。
多くの就業規則では、戒告・譴責・減給・出勤停止・諭旨解雇・懲戒解雇などを列挙しています。しかし、単に名称を並べるだけでは不十分です。各処分がどのような行為に対して行われるのか、またその重みの違いを具体的に記しておくことが重要です。
たとえば「会社の信用を著しく傷つけた場合に懲戒解雇とする」といった抽象的な表現では、どこまでが該当するのか判断が割れます。実際に私の顧問先で、SNS投稿による風評被害が発生した際、「信用を傷つけた」に該当するかどうかをめぐって社内が紛糾しました。その際、就業規則に「業務上知り得た情報を外部に漏えいし、会社または取引先の信用を損なう行為」と具体例を追記し、判断基準を明文化しました。結果として、以後の対応はスムーズになり、従業員にも公平性を説明できるようになりました。
懲戒処分は、手続きを誤ると無効になることがあります。労働契約法15条では、懲戒は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を欠いてはならないとされていますが、これを裏付けるのが社内の手続きです。
典型的な手順としては、①事実確認、②本人弁明の機会付与、③懲戒委員会(または上長・人事部)による審議、④決定通知、の流れが望ましいといえます。就業規則にこれらの流れを記しておくことで、「感情的な処分」「場当たり的な判断」を防げます。
ある医療機関では、問題行動を繰り返すスタッフに対して、院長の独断で「減給処分」を行った結果、「就業規則上の手続を経ていない」として労働基準監督署から是正を受けたことがありました。その後、私が関与して「懲戒手続規程」を新設し、懲戒の際は必ず第三者(院外顧問または管理職)が入る仕組みを設けました。以後、処分の妥当性が客観的に担保され、従業員からの不満も大幅に減りました。
懲戒解雇は、最も重い処分でありながら、企業側の誤りが最も起こりやすい領域です。特に、「会社が損害を被った」「信頼関係が崩壊した」などの抽象表現だけでは、裁判で無効と判断されるケースが多く見られます。
私が支援したある製造業では、長年勤務していた従業員が無断欠勤を繰り返し、最終的に解雇処分となりました。しかし、就業規則には「無断欠勤が一定期間続いた場合の解雇」について明記がなく、後日、労働審判で「懲戒解雇は相当性を欠く」と判断され、結局解決金を支払うことになりました。この反省を踏まえ、同社では「14日以上の無断欠勤」「会社からの呼出し・連絡に応じない場合」など、具体的な基準を追加。以後は再発を防止できています。
全ての行為に一律の処分を適用すると、かえって不公平になります。同じ遅刻でも、初回と10回目では事情が違い、同じ「ミス」でも悪質性が異なります。そのため、「行為の程度・頻度・動機・影響を考慮して処分の軽重を決定する」といった文言を加えておくと、柔軟な運用が可能です。
私は以前、販売業の企業で「万引き未遂」を起こした従業員の処分に立ち会いました。行為自体は重大ですが、本人が精神的に不安定な状況であったこと、被害が実際には発生していないことを踏まえ、「出勤停止3日」の処分で収めました。この際、就業規則に「事情により処分を軽減できる」と明記していたことが、柔軟な対応の裏付けとなりました。
就業規則の中には、「会社に損害を与えた場合は損害賠償を請求する」と書かれていることがあります。しかし、懲戒処分と損害賠償は法的根拠が異なり、安易に併用すると問題を生じます。懲戒は労働契約上の秩序維持を目的とし、損害賠償は民法上の金銭責任を問うものです。したがって、就業規則上も「懲戒処分とは別に、損害の実態に応じて別途請求する場合がある」と明確に区別しておくことが重要です。
ある建設業の顧問先では、社員のミスにより取引先から損害賠償を請求された際、「減給と損害賠償の両方」を課したことでトラブルになりました。私が間に入り、懲戒処分を撤回し損害賠償のみの対応に切り替えた結果、労使関係は修復できました。この事例からも、「処分の目的」と「金銭補填の目的」は分けて扱うべきだと痛感しました。
意外と見落とされがちなのが、懲戒記録の扱いです。処分が終わっても、長期間人事ファイルに残し続けると、昇進や賞与査定で不利益扱いとなり、別の労務リスクを生みます。そのため、「懲戒処分の記録は処分後○年で抹消する」といった規定を設けると、再評価の機会を公平に保てます。特に、再スタートを切る従業員のモチベーション維持にも有効です。
どんなに精密な規定でも、従業員が知らなければ意味がありません。懲戒関連の規定こそ、入社時教育や定期研修で取り上げることが必要です。実際、私の顧問先では、就業規則改定後に「懲戒規程説明会」を開催し、具体的な事例を交えて理解を促した結果、職場の秩序が安定しました。ルールを「押しつける」のではなく、「理解して守る」文化づくりが何よりの予防策です。
懲戒処分は、企業の信頼と職場秩序を守る最後の手段です。しかし、その根拠となる就業規則が不備であれば、正しい処分も不当とされてしまいます。だからこそ、抽象表現ではなく、明確で実務的な文言設計を行うことが、企業防衛の第一歩なのです。社労士としては、単なる法的整備ではなく、実際の現場運用を見据えた“使える就業規則”をつくることが使命だと考えています。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)