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中小企業の中には、「就業規則を以前に作ったまま」「法改正があっても特に見直していない」「社会保険労務士に依頼して作ったものの、その後は棚に眠っている」といったケースが少なくありません。ところが、この“放置された就業規則”こそが、経営上の大きなリスクの温床となるのです。
私が顧問として関わる企業の中でも、就業規則の放置によってトラブルが発生した事例は少なくありません。ここでは、見落とされがちな“隠れリスク”を具体的に整理しつつ、実際の対応策を交えて解説します。
労働関連法令は、毎年のように改正が行われています。たとえば、働き方改革関連法による時間外労働の上限規制、有給休暇の取得義務化、パワーハラスメント防止法、産後パパ育休制度など、近年の改正スピードは非常に速い。
にもかかわらず、「昔に社労士に作ってもらったから安心」と放置している企業では、就業規則が現行法に適合していないケースが多く見られます。結果として、行政調査での是正勧告や、従業員からの指摘で会社の不備が露呈することになります。
ある顧問先の製造業では、10年以上前の就業規則をそのまま使用していました。そこには「36協定を超える時間外労働を命ずる場合は特別条項を設ける」との文言がなく、改正後の上限規制に対応していませんでした。労基署の定期監督で是正勧告を受け、慌てて改訂を進めることに。会社としては「現場は昔のまま運用していた」と言いますが、“知らなかった”では済まされません。
もう一つ多いのが、現場運用と就業規則の内容が乖離しているパターンです。たとえば、就業規則上は「始業9時・終業18時」となっているのに、実際は8時半から業務が始まっている。残業の扱い、休憩時間、休日振替なども実態に合わせず、形だけの規定になっている。
この状態でトラブルが起きると、会社は不利になります。裁判や労基署の調査では、実態と異なる就業規則は“無効に等しい”と判断されることがあるためです。
私が関わったサービス業の企業では、シフト勤務を導入しているにもかかわらず、就業規則上は固定時間勤務のままでした。退職者が未払い残業を主張した際、会社側は「シフト管理していた」と主張しましたが、規則上の裏付けがなく、結果的に支払い命令を受けました。このケースでは、勤務体系に合わせた規程の見直しと、勤怠管理体制の整備を行うことで再発防止を図りました。
労働トラブルの内容は時代とともに変化しています。数年前までは想定していなかったような事例――SNSトラブル、副業・兼業、カスタマーハラスメント、メンタル不調、テレワーク中の災害など――が次々と現れています。
しかし、放置された就業規則にはこうした“新型トラブル”への対応が記載されていない。結果として、判断基準があいまいなまま現場対応を迫られ、従業員との認識ズレや対応ミスが訴訟リスクに直結します。
実際、私が顧問を務める医療法人では、SNS上で職員が患者情報に触れる発言をしてしまい、院内で問題化しました。当初は規則にSNS利用に関する条項がなく、懲戒処分の根拠を明確に示せなかったため、改訂後に「個人情報・職務上知り得た情報の発信禁止」規定を設けました。これにより、以後は周知教育を徹底し、同様のトラブルを未然に防げています。
意外に見落とされがちなのが、就業規則の更新状況が外部評価に影響する点です。助成金申請、労働保険適正化調査、あるいは融資審査などの場面で、就業規則が古いままだと「法令遵守意識の低い会社」とみなされることがあります。
特に助成金では、規定内容が現行法に沿っていない場合、申請自体が不受理になるケースもあり、実際にそのような企業を私は複数見てきました。
また、採用面でも影響は無視できません。求職者が入社前に労働条件を確認した際、会社の規定類が整っていないと「この会社は法対応が遅れている」と不信感を抱くことがあります。働きやすさや透明性が求められる今の時代、整備の遅れは“採用ブランディングの損失”にも直結するのです。
就業規則は、単なる法令遵守の道具ではなく、「経営リスクを可視化し、統制するマネジメントツール」です。
放置するほど、会社は“無防備な状態”に近づきます。逆に、定期的に見直すことで、トラブルの芽を摘み、社員への説明責任を果たすことができる。さらに、規程改定をきっかけに組織運営を見直すことで、定着率やモチベーション向上にもつながります。
私は顧問先に対し、年1回の「就業規則棚卸し」を推奨しています。具体的には、法改正点の反映、運用との乖離チェック、最新トラブル傾向への対応条項の追加などを行い、企業規模や実態に合わせて柔軟に調整します。改定後は、単なる書類の更新に留まらず、職員説明会を実施し、現場に浸透させることが重要です。
実際、こうした運用を続けることで、是正勧告を受けるリスクが激減し、従業員満足度も向上した企業が多数あります。就業規則は“守り”だけでなく、“攻めの経営”にも役立つ資産となるのです。
就業規則を放置することは、知らぬ間に法令違反・労使トラブル・信用失墜といった“隠れリスク”を抱え込むことを意味します。社会保険労務士のサポートを受け、現場実態と法改正の両面から定期的に見直すことこそが、企業防衛と成長の基盤づくりです。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)